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「俺のチンコはでかい」と自称する男性ほど「普通サイズ」であることが多い理由

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Photo by bambe1964 from Flickr

 男性って自分のおちんちんの大きさを気にしますよね。事後、(私的に)普通サイズの男性に「俺のチンコって小さくないよね?」と聞かれ、回答にやや困ったことがあります。

 その時は「ちゃんと硬くなるから大丈夫だって! 硬さも大事だよ!!」と返しました。でも、それよりも困るのが「俺のって、結構デカイから痛くさせてなかったか心配で」と言ってくる男性。気遣いはとっても嬉しいんですが、巨根を自称する男性ほど、サイズは案外普通であるパターン、結構あると思うんです……。

 自称・巨根男性は何を根拠に「俺のチンコはでかい」と思っているのでしょうか。女子が知らないだけで、友達同士でチンコの大きさを写メで送り合って競っていたりするんでしょうか?

 TENGAが50万人の男性のチンコを調査したところ、日本人男性の平均サイズは「長さ:13.56cm、亀頭の直径:3.53cm、竿の直径:3.19cm」だと算出していました。こういった情報と自分のモノを(測って)照らし合わせて、巨根かどうか判断しているのかもしれません。

 しかし、「俺はチンコでかい」と自称する男性が「普通サイズ」であることはたびたびあります。普通サイズじゃ物足りないという話では全然なくて、どうして勘違いが生じるのでしょうか?

男性が他人の勃起チンコを見る機会はない

 ヘテロの男性が他人の勃起したチンコを見る機会は、ほとんどないと思われます。銭湯などで見るチンコもほとんどが平常時(しぼんで垂れ下がっている)のモノでしょう。勃起しているチンコを見ている回数(&本数)はヘテロ男性よりヘテロ女性のほうが圧倒的に多いと思うんです。

 男性の中には「平常時はめちゃくちゃ小さかったのに、勃起したら結構デカイ」というチンコの持ち主もいます。消しゴムくらいだったチンコがうまい棒くらいに膨張するチンコ、結構ありますよ。膨張率が凄まじい男性もいる以上、平常時のチンコだけで巨根か短小かは判断できません。

女性が巨根だと思うサイズには個人差がある

 そもそもの話をしてしまうと、女性が巨根だと思うサイズは人それぞれです。messy の調査では、「14~18cmの太身」のチンコがTHE・巨根として多くの票を集めましたが、14cmで十分大きいと感じる人もいるし、18cmくらいないと大きいと感じない人もいます。私が「普通だな」と思った自称巨根のチンコも、他人の女性からしたら「デカイ」こともありえるのです。巨根を自称する男性は「前にエッチした女性に大きいと言われたから」という理由で名乗っているのかもしれませんが、一人の女性の意見だけでは判断できません。

そもそも、サイズは超気にしているワケじゃない

 もっとそもそもの話をしてしまうと、女性はみんな巨根が好きなワケではありません。中には、大きいチンコに突かれると痛いから、標準サイズが良いという人もいます。むしろ、短小が好きという女性もいます。また、チンコの良さは大きさだけではありません。硬さ、太さ、カリの高さなど、ほかにも大事な要素があります。どこにこだわっているかは、それも女性によって異なります。

 まあ、セックス前に「チンコデカイよ」と言われると、期待値が高くなるぶん、そうでもなかった時のがっかりが大きくなるので、個人的には余計なことは言わなくてもいいんじゃないかな、と思います。



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「脅かされる性」が描ける世界にしか存在しない救済がある

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(c)小池未樹

 前回は、昔のケータイ小説と今のケータイ小説を見比べて、変化した部分と変化していない部分、両方について考えてみた。その結果、全体のテイストは「切ない」から「激甘」へと変化を遂げたものの、かつてのケータイ小説ヒット作によく見られた展開――小説家・評論家の本田透が「七つの大罪」と呼んだようなセンセーショナルな要素は、現在のケータイ小説にも頻出であることがわかった(※1)。

ケータイ小説「七つの大罪」はどこへ消えたのか

 しかしどうしてだろう? 夢物語を志向するのであれば、不穏な要素はすべて排除してしまってもいいではないか。実際、コバルト文庫などの少女小説レーベル(全年齢向け)の作品には、レイプだ売春だといった展開はまず出てこない。しかし、ケータイ小説からそれは失われる気配がないのだ。もちろん、全ての作品に出てくるわけではないのだが、ただ少なくとも、ジャンル全体が「それは『あるある』だ」という雰囲気を持っているのはたしかである。

 ここに、ケータイ小説を他の少女小説と区別し、ケータイ小説そのものたらしめる重要なポイントがありそうである。ケータイ小説は、「罪」の存在を許すことによって、何を成し遂げているのだろうか。それを今回は考えたい。

それは「罪」ではなく「罰」ではないか

 ところで前提から覆すようでなんだが、私はケータイ小説で描かれる「不幸イベント」の数々のことを、「罪」ではなくどちらかというと「罰」だと考えている。

 本田透は、「売春」「レイプ」「妊娠」「薬物」「不治の病」「自殺」「真実の愛」などの「不幸イベント」の、その主体が誰であるかを問わず「罪」とカウントしているが、私はどうもそれに感覚的に馴染めない。私の中でそれらは、「ヒロインの『罪の意識』とともにある罰」なのである。

 それはなぜか?

 ケータイ小説のヒロインにはしばしば、「私は汚れている」という自意識があるからだ。汚れとは、つまり罪の意識にほかならない。「罪をかぶる」「刑期を終えてきれいな体になる」なんて表現があるように、罪とは「綺麗さ」の反対にある、べったりした何かとしてイメージされる。そして「罪の意識」に呼応した苦難、それは「罰」ではないだろうか。

 この「罪の意識」の根拠は、「好きでもない男とのセックス(売春・レイプ)」である場合がどうしても目立つ。『DeepLove』(2003)のヒロイン・アユは援助交際の中で何度も「汚さ」を感じているし、『溺愛』(2015)のヒロイン・ゆりかはレイプを経て、自分を「穢された」「汚い私」と表現している。ある種の性行為を経た体を「汚れ」としてひきうけなければならないという意識は、おそらく現代の女性の中でも根強い。個人的には、こうした「汚れ」意識自体にいろいろ思うところがあるが、別の話になるので今回は置いておく。

 あるいは、望まぬ性行為のような経験はなく、しかし「罰」のみ引き受けるようなメンタリティが描かれることもある。そういうヒロインはとにかく自己肯定感が低い。自分に価値を見出していないので(美人だろうが令嬢だろうが)、「こんな自分」に何が起きてもしょうがない、という諦念に生きている。

 どちらのパターンにおいても、「自分は大切にされる価値のない人間だ」という認識は共通である。「私は汚い(罪深い)/価値がない、だからどんな目(罰)にあってもしょうがない」というなげやりな気持ちが、ケータイ小説ではよく描かれる。そのなげやり感に応えるように、世界はヒロインに苦難を――「罰」を与える。罪が先なのか罰が先なのか、ここはもう鶏と卵状態だが、ともあれヒロインはその「罰」に甘んじるのである。「こんな目に遭うのは私が無価値だからだ」と思いながら。

 そして、そんな彼女に救いを与えてくれるもの、「自分には価値があった」と思わせてくれるもの、それは当然ヒーローからの絶対的な愛だ。それがあって初めて、ヒロインは自己肯定感を回復できる。

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加藤浩次が日テレの「元SMAP村八分」に憤りを隠せなかった理由

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『GQ JAPAN 2018年01・02月合併号 GQ MEN OF THE YEAR 2017』コンデナスト・ジャパン

 香取慎吾のMC番組『おじゃMAP!!』(フジテレビ系)の1129日放送回に、スペシャルゲストとして2002年放送の香取主演月9ドラマ『人にやさしく』メインキャストが集結した。極楽とんぼの加藤浩次、SOPHIA松岡充、そしてすっかり大人になった須賀健太。特に加藤はメインゲストとして登場し、香取とゆっくり酒を飲みながら語り合った。

 加藤は20067月に相方・山本圭壱の淫行事件発覚により、コンビとしての芸能活動を停止する事態に陥っているが、そのときに香取がくれた言葉がありがたくて忘れられないという。「1回さ、借りがあるわけじゃないけど」「山本が事件起こしたとき、慎吾ちゃんがどこから聞いたかわからないけど俺の携帯に電話してくれたじゃん、俺はすげえ嬉しかった」と話した加藤。香取と加藤はもともと携帯電話の番号を交換していなかったが、香取は誰かから加藤の連絡先を入手して電話をかけ、「加藤さん、大丈夫っすか? 俺は加藤さんのこと応援してますから」と励ましたのだという。加藤はまさにそのとき「実は気持ち折れかけてた」が、「慎吾ちゃんの電話で『やんなきゃダメだな』って思ったところがある」「忘れられない。ありがとう」と深い感謝を表した。

 ドラマで共演したからといって、超のつく人見知りでプライベートの友人はキャイーンと山本耕史のみという香取が、加藤と交流を続けていたことは意外かもしれない。ただ、このような交流があるからこそ、加藤は自身が司会する朝の情報番組『スッキリ』(日本テレビ系)で、あのような感情的な発言をしたのだろう。

 それは1123日放送の『スッキリ』が「エンタメまるごとクイズッス」のコーナーで、前日に行われた「GQ MEN OF THE YEAR 2017」授賞式のVTRを流したときのことだった。“今年最も輝いた男性著名人”に送られる賞で、今回はジャニーズ事務所を退所して「新しい地図」なるコミュニティを立ち上げた稲垣吾郎、草なぎ剛、香取をはじめ、レーシングドライバーの佐藤琢磨、俳優の長谷川博己と斉藤工、ロバートの秋山竜次、将棋の佐藤天彦名人、ミュージシャンの野田洋次郎の9名が受賞した。

 しかし壇上の様子を映したVTRに、稲垣・草なぎ・香取の姿はなかった。授賞式での立ち位置はこの3人が中央であり、賞を主催する雑誌「GQ JAPAN」(コンデナスト・ジャパン)最新号の表紙もこの3人。つまり今年の授賞式の目玉が稲垣・草なぎ・香取であることは間違いない。しかし『スッキリ』は、まるで3人がそこにいなかったかのように不自然な編集をして放送した。集合画では中央の3人を避け、両サイドの3人ずつをそれぞれ抜いた映像を組み合わせ、長谷川や秋山のコメント映像を流したのである。

 これに違和感を覚えたのであろう“天の声”を担当している南海キャンディーズ・山里亮太が、「香取くんと草なぎくんと、吾郎ちゃんも選ばれてるのよね」と言及すると、加藤は「なんで(VTRに)いないの? なんだよ、それ」と発言。VTRを終えてスタジオが映されると、ダブルMCの近藤春菜は困惑の表情を浮かべ、加藤を頭を抱えるポーズをとっていた。ちなみに、その後の時間帯に放送された『PON!』でも、「長谷川博巳&斉藤工&ロバート秋山 男を語る」との見出しで、その3名のコメントをまとめたVTRを流しており、稲垣・草なぎ・香取について触れていない。

 ジャニーズ事務所所属タレントの出演番組を多く持つ日テレだからこその、事務所への“配慮”なのだろうが、視聴者も当然、こうした扱いには違和感を覚えている。加藤が思わず吠えたのと同じように、「なんだよ、それ」と。事務所を去ったとはいえ、彼らが元SMAPとして高い知名度と多大なる影響力を持つことは自明。abemaTVでの『72時間ホンネテレビ』に数多のタレントがゲスト出演したことからもわかるように、彼らを応援する勢力は業界内にもある。加藤の属する吉本興業は同番組への参加を見送ったが、加藤個人としては彼らの味方でありたいのだろう。



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アジア系が主役のドラマが大ヒット!~米国テレビ史の快挙+あれもこれも「アジア系」問題

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『THE NIGHT OF』公式サイトより

 やや旧聞になるが、今年9月のエミー賞には歴史的な異変があった。なんとアジア系の俳優が最優秀俳優賞を勝ち取ったのだ。

 エミー賞はいわばテレビドラマ版のアカデミー賞だ。「ドラマ部門」「コメディ部門」「リミテッドシリーズ/テレビ映画部門」に分かれ、最優秀男優賞、同女優賞にそれぞれ6~7人がノミネートされる。

 異変は「リミテッドシリーズ/テレビ映画部門」で起こった。ケーブル局HBO制作のミステリー『The Night Of』主演の男優リズ・アーメッドが、ベネディクト・カンバーバッチ、ロバート・デ・ニーロといった大物を抑え、見事、栄冠を手に入れたのだ。アーメッドはイギリス生まれのパキスタン系二世であり、69年間にわたるエミー賞史上初のアジア系俳優の受賞となった。

 アメリカのテレビドラマはかつて白人俳優の独壇場だったが、やがて黒人俳優が少しずつ出演するようになった。ある調査によると一昨年度の全連続テレビドラマの出演者のうち70%が白人、14%が黒人となっている。しかしラティーノは6%、アジア系は4%と活躍の場は今も限られている。

 もちろん昔に比べると増えてはいる。病院、警察、学校などを舞台とし、多数のキャラクターが登場するアンサンブル・キャストと呼ばれるドラマなら、アジア系俳優も起用されるようになった。最近ではダニエル・デイ・キム『Hawaii Five-0』(2010~)、ミン・ナ『スターゲイト・ユニバース』(2009-2011)および『エージェント・オブ・シールド』(2013~)などがある。残念ながらキムは今年7月に番組降板を発表。理由は「アジア系への出演料差別」と伝えられており、アジア系は出演を果たしても次なる障壁に阻まれることが証明された。

 そんな中、シャーロック・ホームズを現代に置き換えた推理ドラマ『エレメンタリー ホームズ&ワトソン in NY』(2010~)では、ルーシー・リューがワトソン役で気を吐いている。リューは準主役であり、出番も非常に多い。アジア系俳優としては大いなる快挙と言える。だがアジア系が主役を務めることは、過去にはほとんど皆無であった。

 しかし、 テレビドラマ界に突如として新風が巻き起こった。2年前のことである。

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